急性大動脈解離とは
医療法人社団 こころとからだの元氣プラザ
循環器内科医 久保 良一
(元氣プラザだより:2023年4月号)
先日、ある芸能人の方が急性大動脈解離のため亡くなられたとのニュースが報道され、ご覧になった方も多いかと思います。今回はこの病気に関して解説させていただきます。
急性大動脈解離とは
動脈の壁は三層構造となっており、内側から、内膜、中膜、外膜と呼びます。急性大動脈解離はそのうちの中膜がはがれ、その部分に血液が流れてしまう病気です。バームクーヘンが年輪の部分ではがれた状態を想像していただければわかりやすいでしょうか。
もともと血液が流れていた空間を真腔(しんくう)、壁の中に新しくできてしまった空間を偽腔(ぎくう)と呼びます。偽腔には血液の入口と出口がありトンネル状の構造をしています。
急性大動脈解離の症状・病態(続発症)
胸にある大きな血管の壁がはがれるため、胸や背中に強烈な痛みが生じます。「背中をペンチでつねられるような痛みだった」、「体の中でバリバリッと裂けるような鈍い音がした」と自らの体験を証言された方もいます。
さらに新しくできた偽腔は壁が薄く血液が流れやすい(膨らみやすい)ので本来の血液の通り道である真腔を圧迫して狭くしてしまい様々な臓器の血流が減少(最悪の場合停止)します。
このため、以下の症状が出現します。
・脳に血液が行かなくなる(脳虚血)ことにより意識を失う
・心臓に血液が行かなくなる(心筋虚血)ためにさらに胸が痛くなる
・脊髄に血液が行かなくなる(脊髄虚血)ために麻痺が出る
・腸管に血液が行かなくなる(腸管虚血)ため腹痛が起こる
・腎臓に血液が行かなくなる(腎虚血)ために尿が出なくなる
・手足に血液が行かなくなる(四肢の虚血)ために脈が触れなくなる
・皮膚の色が青白くなる
さらに…
・偽腔の壁が極端に薄いと血管が破裂して出血性ショックの状態(血圧が下がって意識消失)になることもあります。
急性大動脈解離の治療法
急性大動脈解離では、解離した部位と病態(続発症)により治療法が大きく異なります。上行大動脈(心臓から出た大動脈が上に向かって伸びている部分)に解離がある場合をスタンフォードA型、ない場合をスタンフォードB型と呼びます(スタンフォード分類)。スタンフォードとは米国スタンフォード大学がその名の由来です。
まずスタンフォードA型解離の場合は原則緊急手術が必要です。A型解離は極めて予後不良(死に至る危険性が高い)で発症後に致死率が1時間あたり1-2%ずつ上昇すると報告されており、侵襲的治療(手術)を行わなければ48時間以内に約50%の方が亡くなると言われています。
一方B型解離で上記の続発症(臓器の血流障害)がない場合には、安静、降圧(血圧を下げる)などのいわゆる保存的治療が行われることもありますが、何らかの続発症(臓器の血流障害)がみられる場合、そのまま放置すればその臓器が壊死したり、機能しなくなったりすることが多いので侵襲的治療(手術)が行われます。
急性大動脈解離の予防法
このように一度発症してしまうと極めて重症となりやすく迅速な対応が必要な急性大動脈解離ですが、残念ながら前兆がほとんどありません。したがって予防が大変重要になってきます。これまでの研究により、どのような人がこの病気になりやすいかの特徴(危険因子と呼びます)がわかっておりそれらを治療していくことが必要です。大動脈解離の危険因子には以下のものが報告されています。
1.大動脈径(大きさ)
胸部大動脈の太さが60㎜を超えると解離が起きやすいと言われています。
2.身体的・精神的ストレス
重量上げなどの激しい運動や激昂などの情動的ストレスが解離発症に関与しているとの報告があります。
3.高血圧
大動脈解離の8割で高血圧の合併がみられ、逆に高血圧がある人で解離発症率が高いとされています。
4.季節・時間帯・曜日
冬季・午前中・月曜日に多いとする報告があります。血圧上昇や心拍数上昇、交感神経緊張、などが影響している可能性が指摘されています。
5.睡眠障害
A型解離の約半数に睡眠障害がみられたとの報告があります。睡眠障害は高血圧の発症率を高めます。また閉塞性睡眠時無呼吸症候群を同時にもつ大動脈解離症例の約半数で閉塞性睡眠時無呼吸症候群の重症度が高度であったとの報告があります。
上記の中で治療可能な危険因子としては3の高血圧と5の睡眠障害(特に閉塞性睡眠時無呼吸症候群)があげられます。また1の大動脈が太くなる(動脈硬化が進む)原因には、高血圧の他、脂質異常症(特に高コレステロール血症)、糖尿病、高尿酸血症、肥満、喫煙などがあり、間接的にこれらも急性大動脈解離発症に関与していると言えます。
すなわち、これらの「生活習慣病」と「睡眠障害」をしっかりと治療し「禁煙」することが急性大動脈解離の予防法といえます。
※本文章は一般社団法人日本循環器学会大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドラインを参考に作成致しました。
ご精読ありがとうございました!