セミナーリバイバル
◆◆◆ 南極料理人の「仲間との絆を深める食卓」
セミナー「コミュニケーションも食べる『食卓』」より
元南極観測隊調理隊員・作家 西村 淳

艱難を分かち合った南極地域観測隊のメンバー
「南極では、家族への思い、研究がうまくいかない、仲間とのちょっとした気まずい関係など、日本では考えられないイライラは、私を含め隊員みんなにあったようです。ところが、おいしいものを食べると幸せな気持ちになり、明日も頑張ろうという気持ちになれました。食事が気分だけでなく、円滑な人間関係にも大きく影響を与えると悟りました。是非いじめ、不登校など諸問題がある現代の子供たちに、母が作るおいしい料理がなぜ重要か、ぜひ声高にお話くださいますよう、お願い申し上げます。」
以上は、元越冬隊員の一人が南極観測から帰国した西村先生に送ったメッセージです。
元隊員からのメッセージにある、「食べると幸せな気持ちになる食事」とはどのようなものでしょうか。そして、南極という環境ならではの楽しさやおいしさにあふれた食事や、極限の閉ざされた生活の中で食事が持つ意味とは?

珍しい体験談を軽妙な語り口で伝える西村先生。会場はたびたび大きな笑い声に包まれました。
今月は、平成21年2月28日(土)に当法人が開催したセミナー「コミュニケーションも食べる『食卓』」から西村先生の講演「仲間との絆を深める食卓」の内容を、たくさんの写真と貴重な体験談を交えてご紹介します。
西村先生は、海上保安庁の巡視船乗組員として活躍され、第30次、第38次南極地域観測隊に調理担当として参加して、世界一過酷とされる、標高3810メートルに位置する日本の南極観測基地「ドームふじ基地」(平均気温マイナス57度)越冬隊料理人として参加経験をお持ちの方です。
現在は、海上保安学校練習船「みうら」の教官を退官され、執筆活動中。2009年8月、著書の『面白南極料理人』が堺雅人主演で映画化されました。
南極料理人の「仲間との絆を深める食卓」
元南極観測隊調理隊員・作家 西村 淳
1. 南極ってどんなところ?

「今からちょうど10年前です。晴海ふ頭から、紙吹雪とともに、南極に向かって旅立ちました。」
そもそも「南極とはどんなところなのか」「南極で越冬する」とはどれだけ大変なことなのか。西村先生はまずそこから、写真とコメントで説明してくださいました。

「初めて見た氷山。高さはだいたい300メートルぐらいあります。」

「暴風圏を通過。ブリッジに12メートルの波が来ています。」

「南極観測船『しらせ』は東オングル島の沖に到着。荷役が始まります。」

「『しらせ』からヘリコプターで、雪上車に荷を積み込みます。」

「20トン以上の荷物と共にドームふじ基地へ。数週間、同じ景色が続きます。」

「ドームふじ基地に到着。標高は富士山より高い3800メートル、平均気温はマイナス57度です。」
2. 「南極料理人」メニュー〜南極料理人の心構えとは〜

基地へ向かう雪上車の中で。左が西村先生。「たとえ条件が悪くても、いかに工夫しておいしいものを作り、楽しんで食べるかが大切です。」
雪上車で基地に向かう途中でも、食事は毎日摂らなくてはなりません。調理担当の西村先生の任務はすでに始まっていました。雪上車の中で隊員が、「肉じゃがを食べたい」と言ったとします。ここは南極、しかも基地へ向かう雪上車の中ですので、食材は限られています。さて、西村先生はどうしたのでしょうか。
「料理を作る時、全部の材料が揃わないとできないと錯覚しがちですが、1つや2つなくてもそれなりの物はできると心にインプットしておいた方が気楽だし、それが思いもかけないおいしい料理に行き着くこともあるのです。」(西村先生)
西村先生は「あり合わせ料理マジック」という言葉で説明します。あり合わせのものでどう食べたい料理を作るか。もともとは、いかにゴミを出さずに済ませるかというところから始まったそうですが、あり合わせの食材と、ちょっとした工夫からできたメニューをいくつかご紹介しましょう。
南極メニュー(1)「牛缶肉じゃが」

「冷凍の皮付きのナチュラルカットポテトと、牛の大和煮の缶詰めを使いました。それに玉ねぎとくずきり。白滝は冷凍してしまうと使えませんが、くずきりは冷凍しても戻るということを覚えておいたら便利ですよ。牛の大和煮はこういうふうに戻して煮ると、普通の肉になってしまうので、違和感のないものができあがります。本当に3分ぐらいでできてしまいます。」(西村先生)
次のメニューも、雪上車の限られた設備で調理する中で、ちょっとした気付きから生まれました。
「寄せなべを1回作ったときに、汁を捨てるのはもったいないと。それに寄せなべの汁はクールブイヨンじゃないかと、まず思いついたのです。」(西村先生)
南極メニュー(3)「2泊3日なべ」

(残り汁を捨てずに、3日間他の料理に転用し続ける)寄せなべ → 鶏の水炊き → 湯豆腐 → カレーライス
次は、「ドームふじ基地」に到着してからのメニューです。基地では、みんなでつつけるなべ料理が人気で、西村先生はよく作っていたそうです。その中から逸品のメニューをご紹介します。
南極メニュー(5)「カレーなべ」

「めんつゆベースにカレールウととろけるチーズを入れて、ゆっくり煮ていくと、本当においしいものができます。上にあるのが大根とニンジンですね。これはしゃぶしゃぶのようにして食べると、しゃくしゃくっとして非常においしいです。特に大根が大ヒットです。ぜひお試しになってください。」(西村先生)
3. みんなで一緒に食べることの大切さ

鍋など、みんなでつつける料理は人気でしたが、この日は待ちに待った焼肉。隊員の皆さんは“理性を失い”、席を立って肉に殺到したそうです。
「南極観測隊では、どんな観測活動を行っていても、夜の6時半には必ず集まることにしていました。そこで飲んだり食べたりしながら1日の出来事を話し、その会話から次の日のオペレーションを決めていったのです。」(西村先生)
西村先生は、日常の暮らしとはかけ離れた南極生活で、「全員が揃って食事をすることで、元気が出た」と言います。各自が別々の観測や研究をしている基地の中で、食卓(料理)が人のつながりを深めていくことを実感されたそうです。

隊員のドクターが開店した居酒屋「ドーム」。みんなの憩いの場になっていました。この写真の後、煙が基地中に充満し、大変なことに・・・

後から基地に到着した第39次隊。北海道出身の西村先生は、全員にジンギスカン料理を振る舞いました。
4. 食べたいものを作ってあげることの大切さとは
「各隊員の誕生日には、必ず誕生日リクエストを聞いて、その隊員の食べたいものを作ってあげるという日にしたのです。」(西村先生)
西村先生は、南極での生活は同じことのくり返しなので、気持ちを上手にリセットすることが大事だから、正装してフルコースを食べたり、誕生日にはその人の食べたいものを何でも作ったり、月に一度は一つのショーとして、サプライズを食事で演出しようと思ったそうです。誕生日の模様や料理の写真を見ると、食卓をコミュニケーションの場として、有効に生かす工夫をいろいろと実践されたことが伝わってきました。

誕生日のケーキを前に、とても嬉しそうな隊員。食事の演出が、極限の環境の中でこの笑顔を育みました。

鶏のから揚げ、エビフライなど、ファミレスのようなメニューをリクエストしてきた隊員も。写真は西村先生らしい楽しさに満ちたヒラメのパイ皮包み焼き。

北海道大学で貧乏学生をしていたある隊員。すすき野に行くたびに「かにを食べたい」と落ち込んでいたそうです。彼の誕生日料理は「かに尽くし」。

ご飯のない「キャビアずし」。台は全部かにで作られ、錦糸卵の上に生ウニとキャビアが乗っています。あまりの豪華さに、作っていて罪悪感を感じた料理だとか。
「食べ物の好みというのは、出すほうから見ると、本当に不思議で、その人の「個」や、いろいろなものが食卓に展開します。母親に対して甘えるようなものでしょうか。隊員に食べたいものを作ってあげると、その人は個をさらけ出してリラックスし、板一枚の外は地獄のような環境の中で、ガス抜きができるのです。」(西村先生)
5. 食事は、家族のことを思う時間
「『娑婆(しゃば)を思い出させる料理』というものがあると思います。料理を作るときはいつもそのテーマを考えていました。温かいもの、冷たいもの、いろいろなものを作りましたよ。」(西村先生)
あるとき、山形県出身の隊員に、西村先生が「ずんだもち」を作ってあげたことがありました。するとその隊員は、涙を流しながら食べたそうです。)
似たようなシーンが、先生の本を原作にした映画「南極料理人」にもあります。西村先生役の堺雅人さんが、他の隊員が作ったから揚げを食べて、奥さんの作った料理の味(=家族)を思い出し、号泣するシーンです。
「食べている時は、心は日本にあった」と西村先生は言います。南極での食卓を囲んで、隊員それぞれが家族のことを思う時間、食事の時間は自分の心と対話する時間なのかもしれません。
西村先生は、最後に、以下の言葉で締めくくって下さいました。

西村先生は工夫を凝らしたスライドで、聴衆を
自らの体験した別世界にいざなって下さいました。
それらの写真は本レポートでも可能な限り
掲載させていただきました。
「料理は最高のコミュニケーション手段であると思います。食卓を囲むという行為は、ある意味最高の信頼を分かち合っているのではないかなと思います。また、料理というのはドラマではなく、日常だと思っています。にらみつけるラーメン屋とか、偉そうにしているすし屋さんもいますが、私自身は、そういうところは好きではありません。作る人間が、優しい雰囲気、温かい雰囲気、笑顔など、そういうものを持って作らなければいけないなと思います。そうでなければ、料理人と呼べないのではないか、と思っています。」
監修:元南極観測隊調理隊員・作家 西村 淳
今回のセミナーでは、コミュニケーションの場としての食卓の大切さと、食文化の伝承の機会として家→家庭の食事が担うこと、食事をつくる人が人の心をつなぐことができることなどを、3人の先生方にそれぞれの専門分野からお話いただき、食卓が家庭で果たす役割を再認識させていただくことができました。
9月、10月、11月のセミナーリポートを、通してお読みいただければ、3つの講演のつながりがお分かりいただけるかと思います。

